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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1847号 判決 1997年5月22日

栃木県足利市花園町一七番地

控訴人

ナスニックス株式会社

右代表者代表取締役

那須野泰弘

右訴訟代理人弁護士

梅澤錦治

右輔佐人弁理士

大岡啓造

奈良県大和郡山市西町三二一番地

被控訴人

エビス株式会社

右代表者代表取締役

十川弘

右訴訟代理人弁護士

中嶋邦明

平尾宏紀

井上楸子

右輔佐人弁理士

鎌田文二

東尾正博

鳥居和久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、原判決添付図面(1)記載の「植物の茎の誘引線に対する結束具」を製造又は販売してはならない。

3  被控訴人は、前項の製品の完成品、半製品及びそれらの製造用金型を廃棄せよ。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  なお、控訴人は、当審において、本訴請求のうち、金員の支払を求める部分、原判決添付図面(2)記載の「植物の茎の誘引線に対する結束具」の製造、販売の禁止を求める部分、右製品の完成品、半製品及びそれらの製造用金型の廃棄を求める部分をいずれも取り下げた。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決七枚目表五行目ないし八行目を削る。

二  同七枚目表九行目の「(七)」を「(六)」に改め、同行目の「損害賠償として」から同一一行目の「支払いを求めるとともに」までを削り、同枚目裏一行目の「及び同図面(2)の物件」を削り、同行目の「及びこれらの」を「並びにその」に改める。

三  同七枚目裏一〇行目ないし一一行目の「同(六)及び(七)は争う。」を削る。

四  同八枚目裏四行目の「浮き上がる」を「浮上がる」に、同六行目の「間に差し込めば」を「間へさし込めば」に、同行目の「容易に隔て」を「容易に距て」に、同七行目の「出来る」を「できる」に、同九行目の「遮られて」を「遮ぎられて」にそれぞれ改める。

五  控訴人の当審における主張

1  控訴人は、本件特許権を有しているものではなく、本件特許権の専用実施権について設定登録をしているものでもないが、本件特許権を有する那須野泰弘は、控訴人の代表取締役であり、控訴人における研究開発及びそのための投資も自ら行い、特許権等の出願も同人の個人名義で行つている。そして、控訴人は、那須野泰弘の個人経営に等しく、同人の有する本件特許権を控訴人が実施している状態にある。

このような状況においては、控訴人も、本件特許権に基づく差止め請求を行うことができるものと解すべきである。

2  原判決においては、イ号物件の構成要件を認定することなく、イ号物件と、本件発明の構成要件<2>、<5>との相違のみをもって、控訴人の本訴請求を棄却した。

しかしながら、いわゆる特許発明の均等物とは、特許発明の構成要件の一部を他の方法や物で置換しても、当該特許発明の目的を到達することができ(置換可能性)、かつ、当業者ならば、当該置換を容易になし得る程度のものである(置換容易性)という要件を満たす場合に、当該特許発明の技術的範囲に属するとして扱われるものであり、また、いわゆる不完全利用とは、特許発明を構成する要件のうち一部が省略され、作用効果の多少の低下をみるが、当該発明の技術的範囲に属するものであって、ただ、特許権者の追及を免れるために、右のような省略を実施している侵害行為の態様をいうものと解される。

これを、本件発明の構成要件<2>に当てはめるならば、本件発明の偏心支軸をイ号物件の中心支軸に換えることは、右の置換可能性、置換容易性を共に満たしている。

更に、これを、本件発明の構成要件<5>にも当てはめるならば、イ号物件においては、本件発明の構成要件<5>の遮蔽板を省略しているが、この省略は、右の不完全利用の要件を満たすものである。

右のように解さなければ、本件発明のように構造が比較的簡単なものについては、単に設計を変更したり、構成の一部を省略したりすることにより、容易に権利の侵害を免れる結果となって、特許権が無意味になり、工業所有権制度が破綻することにもなりかねない。

以上からみて、イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属するものであることが明らかである。

六  控訴人の当審における主張に対する被控訴人の反論

1  控訴人は、本件発明について専用実施権の設定登録をしているものでにないから、本件発明の専用実施権を有する者とはいえない。

そして、特許権の侵害行為に対しては、特許権者及び専用実施権者のみがその差止請求権を有することは、特許法の明文(同法一〇〇条)上明らかであるから、控訴人の本訴差止請求は理由がない。

2  イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属するものではない。

本件発明において、構成要件<2>(偏心した支点軸1)及び構成要件<5>(遮蔽板15)が必要不可欠の事項であることは、発明の詳細な説明欄を参照、検討するまでもなく、明らかである。

仮に、本件発明の構成要件相互間における重要性をあえて比較するとしても、構成要件<2>及び<5>が、他の構成要件に比べて、その重要性の点において劣るものでないことは、本件明細書の発明の詳細な説明欄の「発明が解決しようとする課題」、「課題を解決するための手段」、「発明の効果」における各記載内容からみて明らかである。

よって、本件発明の構成要件のうち<2>及び<5>を欠くイ号物件が、本件発明の技術的範囲に属するものとすることはできないから、この点についての控訴人の主張も理由がない。

第三  証拠関係は、原審及び当審における訴訟記録中の証拠目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一1  本件は、控訴人が、本件特許権の専用実施権に基づいて、被控訴人の製造、販売に係るイ号物件の製造、販売の禁止及びその製品等の廃棄を求めるものであるが、右の専用実施権について、特許法に基づく設定の登録がなされていないことは、控訴人の自認するところである。

2  ところで、特許権の侵害行為に対する差止請求は、特許権又はその専用実施権に基づく場合においてのみ可能なものであり(特許法一〇〇条一項)、また、専用実施権の設定については、特許法上、登録が要件とされており、登録しなけれはその効力を生じないものである(同法九八条一項二号)。

3  そうすると、控訴人が、本件特許権について、その専用実施権を有するものと認めるべき余地はない(なお、控訴人が、本件特許権自体を有するものでないことも、控訴人の自認するところである。)から、控訴人の本訴請求は、その点において既に失当といわざるをえない。

4  なお、控訴人は、当審において、控訴人の代表者が本件特許権を有しており、また、控訴人が、右代表者の個人会社というべきものであることを理由に、このような場合においては、控訴人も、イ号物件の製造、販売等に対する差止請求権を有するものと解すべきである旨をも主張する。

右主張の趣旨は必ずしも明確ではなく、控訴人が本件特許権の通常実施権を有するとする趣旨とも解されるが、いずれにしても、前記2の判断に照らすならば、控訴人の右主張に係る事由が、本件における控訴人の差止請求権を何ら基礎付けるものでないことは明らかである。

したがって、控訴人の右主張も失当である。

二  以上によれば、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

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